反復着床不全とは

反復着床不全の定義はないのですが、「一般的に良好な胚を3-4回移植しても妊娠に至らない」と反復着床不全といいます。
良好胚を移植して妊娠しなかった場合、その原因はどこにあるのでしょうか?胚でしょうか? 子宮内膜でしょうか? それとも医師・培養士の技術でしょうか?

あらかじめ染色体が正常と分かっている胚を移植し妊娠(着床)する確率は70%と言われています。つまり30%は妊娠しません。その理由として考えられるのは子宮の問題、つまり子宮内膜が胚を受け入れて育んでくれないこと、あるいは不適切は移植方法にあると考えられます。
現在日本では着床前診断は禁止されていますので、あらかじめ染色体が正常である胚を選別することはできません。現在移植する胚を決める方法は胚の成長速度と形態で優劣を判断しています。
胚盤胞まで育った胚にどのくらい染色体異常があるのかを下記のグラフに示します。

胚盤胞期胚の染色体異常率

このグラフを見ると胚盤胞まで育っても年齢が上がるにつれて染色体が正常である確率は減少します。染色体異常のある胚は移植しても妊娠しないか、妊娠しても99%は流産してしまいます。
つまり「反復着床障害」の多くの原因は胚にあると考えられます。そうは言っても胚盤胞を何度移植しても妊娠しないとなると、胚の問題だけではないと考えなければなりません。次に、子宮内膜側の問題について説明します。

慢性子宮内膜炎

子宮内には多くの細菌が住んでいます。子宮内に細菌がいても共存しているのであれば問題ありません。ところがそのバランスが崩れて菌が悪さをしだすと感染症となり炎症がおこります。子宮内には善玉菌の乳酸桿菌(ラクトバチルス菌)が支配的に住んでいて、他の悪い菌が繁殖できないように抑えてくれ良い子宮内環境を維持してくれます。何らかの原因で悪い菌が増えて感染を引き起こすと子宮内膜炎となります。そうなると元気な胚を子宮に移植しても内膜が胚を受け入れて育んでくれません。もしくは胚を受け入れても妊娠しても途中で流産してしまうことが多くなります。慢性子宮内膜炎の原因は感染です。

診断

子宮鏡検査で子宮の中を観察します。子宮内に充血、赤色斑、小さなポリープの多発、むくみなど。

組織診断

内膜を生検して病理学的に炎症の有無を調べます。

培養検査

細菌の培養検査を行います。

細菌叢の網羅的検査

細菌の培養検査で菌をすべて検出できる可能性は限られています。もし細菌が子宮内に存在していても培養検査でそれを検出できるのは50%程度です。
最近は培養ではなく細菌の遺伝子を検出する方法が開発されました。
「子宮内膜細菌叢検査1:EMA+ALICE検査」「子宮内膜細菌叢検査2:子宮内フローラ検査」といい、どちらも先進医療であるため自費診療となります。
EMMA+ALICE検査子宮内フローラ検査はともに子宮内の細菌を調べる検査ですが、検査委託先が異なります。
EMMA+ALICE検査、子宮内フローラ検査は検査のみ実施する場合と子宮鏡検査と同時に実施する場合があります。
一般的な検査としては行っておりませんが、希望があれば調べることができます、医師に相談して下さい。「こうのとり新聞 第17号」を参考にして下さい。これらのいずれかに異常があれば慢性子宮内膜炎と診断します。

免疫学的な問題

子宮内膜の免疫機構はとても複雑です。免疫とは細菌やウイルスなどの外敵・異物から身を守るために自己以外のものを排除する仕組みです。胚は半分は自己ですが半分は非自己です。子宮内の免疫機構はこのような半分非自己の胚を受け入れ育んでくれる免疫的寛容さを持っています。もっと極端な話をしますと、提供卵子による胚移植の場合胚は全くの非自己なのですが、それでも自己卵子とほぼ同じ位の妊娠率です。実はこの免疫学的な寛容さの仕組みがまだ解らないことが多く、ある意味ブラックボックス的な状態です。体外受精で良好な胚をたくさん確保(凍結)できたにも関わらず、その胚を何度移植しても着床してくれない方がいます。この免疫的な問題が原因ではないかと考えられます。
下の絵は子宮内膜が胚を受け入れる寛容さと妊娠の成功率を示したものです。子宮内膜が適度な受容能と選択性があると質の良い胚は受け入れてくれますが、質の悪い胚は受け入れません。胚の受容能がありすぎると質の悪い胚でも受け入れて育てようとしてしまいます。質の悪い胚でも妊娠してしまうわけです。そうなると胚の生命力の限界が早晩やってきて流産してしまうことになります。流産を繰り返す習慣流産の方では内膜の受容能がありすぎるために、出産には結びつかないような質の良くない胚を次々に妊娠させてしまうことが考えられています。一方、選択性が高い子宮内膜ですと質の良い元気な胚でも拒絶してしまいます。質の良い胚を移植しても妊娠しないことになります。反復着床不全の患者さんはこれに当たります。

話しが難しくなってしまい恐縮ですが、免疫には液性免疫と細胞性免疫の2種類があります。液性免疫は抗体を作って外敵を退治します。これを行っている免疫細胞はTh1細胞と言います。細胞性免疫は免疫細胞が外敵を貪食して退治します。これはTh2細胞と呼ばれます。妊娠時の免疫系は、子宮内膜を中心にTh1(細胞性免疫) < Th2(液性免疫)となっています。
Th2が優位になる1つの機序は、黄体ホルモンがTh2細胞を誘導してTh1は抑制することによると言われています。Th1の方にバランスが傾いてしまうと母体は胎児(胚)を異物として認識してしまい排除する方向に進んでしまいます。着床の時期はTh2が優位になっていることが大切です。しかし、逆にTh2が過剰になりすぎると今度は抗体産生が盛んになり、抗リン脂質抗体などの自己抗体が作られるようになり流産を引き起こす可能性があります。反復着床不全の方ではTh1/Th2>10とTh1が過剰となることが多いようです。この様な方に免疫抑制剤(タクロリムス)を内服すると着床率が上がることを報告されています。ただしタクロリムスは妊娠中は禁忌のお薬で、胎児や妊娠に与える影響は分かっていません。現在は研究としての報告があるのみです。
他に子宮内の免疫状態を変える目的で子宮内膜を擦る・引っ掻くなどする試みが行われていますが、その有効性については結論が出ていないのが現状です。

子宮内膜のスクラッチ

移植する前の周期に子宮内膜を引っ掻く(スクラッチ)と免疫が賦活されて着床率が上昇したという論文が多数でています。ただ信頼できる論文をまとめた集計してみるとスクラッチの効果は明らかではないという結論でした。

内膜日付診のずれ

排卵すると卵巣の黄体から黄体ホルモン(プロゲステロン)が分泌されます。この黄体ホルモンにより子宮内膜が変化していきます。排卵後1週間目に胚は子宮の内膜に埋没(着床)します。内膜が胚を受け入れてくれる時期・期間(着床の扉)は限られています。扉は2-3日間しか開いていません。この時期以外に胚が降りてきても着床してくれないのです。この時期は通常は排卵から5日目位です。扉が開いている期間は2-3日程と推察されます。ところが「着床の扉」が開いている時期がずれてしまう人がいるようです。

まだ試験的な試みですですが、「着床の扉」が開いている時期を調べる検査が行われるようになりました。その研究によりますと排卵5日後に「着床の扉」が開いている方は65%で、残りの35%は扉が閉まっているという結果でした。扉が閉まっている方の9割の方はその1-2日後である排卵後6-7日目に「着床の扉」が開くようです。残りの1割の方は逆に一日早く扉が閉まってしまうようです。つまり排卵後4日目に扉が開くと考えられています。
このように移植に適する時期のずれをオーダーメードで調べることができるようになりました。「子宮内膜受容能検査:ERA検査」といい、先進医療であるため自費診療となります。興味のある方はご相談ください。

内膜の菲薄化(薄い子宮内膜厚)

子宮内膜は卵胞でつくられる卵胞ホルモン(エストロゲン)により厚くなっていきます。卵胞が育つにしたがって卵胞ホルモンは多く作られるようになります。(上の絵を参照して下さい。)排卵期の子宮内膜は1cm前後になります。ところが、この時期になっても内膜が厚くならない方がいます。移植の時点で子宮内膜が7mm未満になってしまうと着床率が低下してしまうので、7mm以上の子宮内膜厚が欲しいところです。自然排卵周期で内膜が厚くならない方では、エストロゲンを多く作ってもらうために排卵誘発剤を使って卵胞をいくつか育てるなどの方策を取ったりします。それでも厚くならない場合には、ホルモン補充周期により卵胞ホルモンを貼付あるいは内服して内膜が厚くなることを期待します。ホルモン補充では卵胞ホルモンの量を多く使うことができますので内膜が厚くなることが期待できます。それでも厚くならない場合があります。

対策

ビタミンEやビタミンC

抗酸化作用があって、活性酸素を抑制します。内膜の活性酸素による血管障害を減少させ、結果、内膜の血流を増加させ、内膜を厚くなることを期待します。実際に厚くならなくても活性酸素が抑制されて着床率が上がるという報告があります。サプリメントとして日常的に服用することはよいかもしれません。

トレンタールの内服

トレンタールはもともと末梢動脈硬化症による症状の改善、脳血管障害に使われていました。毛細血管の拡張作用がありますから子宮内膜の血流がよくなり内膜が薄く着床障害が考えられる場合に効果が期待できます。現在は日本では発売されておりません。海外から輸入することになります。

L-アルギニンの内服

アルギニンはこの一酸化窒素を産生します。一酸化窒素は、血管の緊張をほぐし、動脈を軟らかくする効果があり、高血圧、狭心症、心筋梗塞に有効です。アルギニンは血液循環を促進、血流が増加し、内膜厚を改善して着床しやすくします。これはサプリメントとして薬局で購入可能です。


これらは有効性が医学的に確定しているものではありません。

まだ試験段階ですが、ホルモン補充周期の卵胞ホルモン開始日から別途に卵胞ホルモン膣錠を一日1回挿入する方法があります。
膣の奥に卵胞ホルモンを挿入すると子宮への血流がとても増えます。血流が増えることにより卵胞ホルモンがより多く子宮内膜に届き内膜が厚くなることを期待するものです。

粘膜下筋腫・腺筋症・内膜ポリープ

多くは超音波検査で分かります。したがって今まで指摘されたことがない方では大丈夫と考えて下さい。

原因不明

上記のどれも当てはまらないのに着床してくれない場合がこれにあたります。そうは言っても何か原因があるから妊娠しないわけです。これについて説明します。
着床不全の原因として子宮内膜に活性酸素や血流障害が発生することが原因の一つとして挙げられています。これについては子宮内膜の菲薄化の項目で説明してありますので参考にして下さい。活性酸素を抑える目的でメラトニンというサプリメントも期待されています。活性酸素を抑えるサプリメントとしてはメラトニンが上げられます。「こうのとり第7号」をご覧ください。

ビタミン D  「こうのとり第8号」を参照ください。

胚が着床する子宮内膜(脱落膜と言われます)にはビタミンDが豊富に存在しています。特に妊娠初期の脱落膜には豊富にあるようで、胚の着床に重要な役割を果たしているようです。特に子宮内膜と胚との間の免疫を調整しているのではないかと言われています。
99例の提供卵子を使った胚移植で調べた研究があります。
ビタミンDが欠乏していた方の妊娠率(37%)、出産率(31%)に対して、ビタミンDが十分あった方は妊娠率(78%)、出産率(59%)と、約2倍高かったそうです。ビタミンDが欠乏の方の中で、とても低下している方(<50nmol/L, 20ng/ml)と、少し低下している方(<75nmol/L, 30ng/ml)では妊娠率はあまり変わらなかったそうです (Rudickら、2014)。
提提供卵子を使った胚移植でも妊娠率に差が出たという結果より、ビタミンDは卵胞発育や卵子の質の向上より子宮内膜に対して重要であるということが強く示唆されました。提供卵子を使った胚移植でも妊娠率に差が出たという結果より、ビタミンDは卵胞発育や卵子の質の向上より子宮内膜に対して重要であるということが強く示唆されました。
不妊クリニックではビタミンD欠乏症の方が見つかる確率が他に比べて高いようです。37%の方でビタミンDの摂取量が不足し、14%の方が血中ビタミンD濃度が低かったという報告があります。

反復着床不全に対する以下のような新たな試みがあります。

子宮内膜でプロスタグランディンは着床には重要な役割を果たしています。反復着床不全の方の子宮内膜ではプロスタグランディンが低下していることが示されており、着床不全の原因の一つになっていることが示唆されています。「Achache H, 2010」 そこでプロスタグランディンをあらかじめ補えば着床しやすくなるのではないかということです。実際その効果を検討した論文ではホルモン補充周期の凍結胚移植において月経3日目よりプロスタグランディンE1(サイトテック 200ug, 2x/day)の内服を併用することによりコントロール群に比べて妊娠率は40% 対 25%と有意に上昇することが報告されています。「K. Nakagawa. 2014」 サイトテックは胃潰瘍の薬として使われています。

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